今回は、「特別養護老人ホームあずみの里裁判」についてご紹介します。
この裁判は、2013年12月に入所者(85歳・女性)が意識を失い、それから1ヶ月後に亡くなった結果、翌年の12月に当時、隣で別の入所者を介助していた看護職員が業務上過失致死罪で起訴された事件です。
つまり、福祉現場で働く「個人」が刑事事件として起訴されてしまった事件です。
ただ、最近は介護職員の暴行など福祉現場における事件が度々報道されることもあります。ですが、今回の事件に関しては、かなりおかしなことが裁判で起こっているようです。
今回は、「特養あずみの里業務上過失致死事件裁判で無罪を勝ち取る会」が作成したパンフレットから紹介していきます。
そのため、少し偏った視点になるかもしれません。
裁判になるまでの過程
2013年12月12日
特養あずみの里の食堂で、おやつのドーナツを食べたKさんがグッタリして意識を失っていた。発見したのは、排泄介助を終えて遅れて入ってきた介護職員でした。
→心肺停止状態であったため、すぐに、施設の職員や救急隊員が緊急処置を行い、Kさんは病院に搬送されましたが、1ヶ月後に亡くなられました。
それでは、なぜこの看護職員さんが業務上過失致死罪で起訴されたのでしょうか?
実は、この看護職員さんは当時、亡くなられたKさんに背を向ける形で全介助のOさんにおやつのゼリーを食べさせていました。
つまり、「亡くなったKさんへの注意を怠ったことに事件性がある」とされ起訴されるまでに至りました。
知っている方も多いと思いますが、一度起訴されれば有罪率は99%です。つまり、「起訴された」と言うことは、ほぼ有罪が確定されたことと同義になるのが日本の司法です。
それでは、そもそもなぜ看護職員さんはなくなったKさんを背にした形で、Oさんの全介助をしていたのでしょうか?
亡くなったKさんは、誤嚥などに問題はなかったの?
検察も、「ドーナツでKさんの喉が塞栓されて窒息したのだ」などと主張していたようです。
私も、最初そう思いました。
ところが、Kさんは食事をほぼ10割(完食)摂取する利用者さんだったようです。
また、実は亡くなる1週間前にKさんが嘔吐することがあったため、念のため介護職員間でおやつの形態がいつも食べられていたドーナツから、ゼリーに変更されていました。
こういった理由から、そもそも最初から誤嚥の心配はほぼない状態の利用者さんでした。
そして、この看護職員さんは当時の配置取りもなかなか優秀だったことが当時の入所者の配置図をみると窺えます。
普通、1つのフロアに利用さんが「2人だけ(「Kさん」と「Oさん」)」ということは、まずありえないでしょう。
しかも、おやつの時間ですので、「ベットで過ごしている人以外はフロアに出てきている」と考える方が妥当です。
実際、当時17人の利用者を「起訴された看護職員さん」と「介護職員1人」の二人でフロアを見ていました。(もう一人は、排泄介助中)
それでは、看護職員さんはどこに座られたのでしょうか?
看護職員さんは、Oさんの全介助をする必要がありました。
ですが、Oさんは全介助で当時の配置図を確認すると、リクライングに座られているようですのでフロアの配置的に壁側に付くことは難しいことが分かります。
→食事介助などをするときは、できるだけ多くの利用者さんが見える場所(壁側など)に座ることが基本です。
結論から言えば、この看護職員さんが直接見ていないのは亡くなったKさんと壁側にいる数人だけだったことになります。
ですが、死角になる数人の利用者さんは、キッチン側からもう一人の介護職員さんが見れる場所にいました。
→2人で17人のおやつ介助と見守りをしていましたが、施設でこれは当たり前の光景です。
そして、この看護職員さんが狙い撃ちされた理由は「亡くなったKさんの一番近くにいたから」
この1点のみということになります。
それでは、どういった罪状で刑事裁判になってしまったのでしょうか?
2019年3月25日:長野地裁松本支部(第一審)は、業務上過失致死有罪判決(罰金20万円)が言渡されました。つまり、一人の看護職員さんである「個人が一審で有罪」になりました。
埼玉県保険医協会より
判決は、Kさんは、嚥下障害はないが自歯も義歯もなく丸のみの傾向があり、それは窒息の可能性を高める事実だといい、本件ドーナツは、Kさんにとって、窒息を生じさせる可能性がある食物だといいます。そして、Kさんがドーナツを食べた直後に、呼吸停止の状態で発見され、山口さんがKさんを背部叩打し、口腔内からドーナツ片を取り出し、心臓マッサージと酸素吸入をしたところ一度息を吐き出し、チアノーゼが回復したという事実経過は、窒息と整合する
これが、有罪の理由として挙げられていました。
この判決のどこがおかしいか、これまでの説明から分かりますよね。
そもそも、亡くなったKさんは毎食ほぼ完食するほどの利用者さんでした。
また、そもそもおやつがドーナツからゼリーに変わった理由は、嚥下の問題ではなくその前に嘔吐があったため、念のために変更したにすぎません。
なにより、そもそも特養は病院ではありません。
「病院」と「特養」はそもそも違う!
病院は、あくまでも患者さんの延命が最優先ですが、特養は「終の棲家」として少しでもその人らしく生きられるように、「楽しみ(生きがい)を提供する場」です。
つまり、必ずしも延命が最優先にはならないため、例えば特養では、家族の同意のもと「なにかあっても延命措置はしない」という約束を交わすこともあります。
以上のことから、現場の状況を無視して想像だけ(結果ありき)で判決が出されたと言えるでしょう。
また、そもそも「窒息」というなら気道を閉塞させた(詰まらせた)ドーナツがあることになりますが、それすら見当たりませんでした。
さらに言えば、亡くなったKさんは咳込みもなにもなく、目の前にいる看護職員さんにさえ気付かれることなく意識を失われています。
私は、これまで何度も誤嚥や窒息などを引き起こした高齢者を介助していますが、なんの反応もなく意識を消失させた利用者さんには出会ったことがありません。
それこそ、要介護5の最重度の利用者さんであっても「ウ~!」と小さく声を発生させるなど、何かしらの変化はありました。
少なくとも、毎食ほぼ完食されていたKさんなら、本当に窒息であれば何かしらのサインを送る体力はあったでしょうし、真後ろの利用者さんが窒息状態にあれば、「看護職員さんが気付かないことは基本的にありえない」と考えてしまいます。
ちなみに、一審では「検察官が当初起訴した注視義務違反は否定しましたが、訴因変更によって追加された「おやつ形態確認義務を肯定」しています。
*Kさんは、3食とも「刻み食」であり、トロミなどは付けていなかった。
「訴因」ってなに?
「訴因」というのは、裁判における議題のことです。
つまり、「なにを話し会っているのか?」という「なに?」にあたる部分です。それを変更することを訴因変更といいますが、これは基本的に検察官にのみに与えられた権限です。
→公訴事実(起訴状記載の事実)と同一といえる範囲内であれば、訴訟の途中に、訴因を変更することを検察官に認めています。(刑事訴訟法312条)
さらに、検察はこの訴因変更をもう一度しています。
注視義務の開始時期を、「看護職員さんがテーブルに着席した時から」としていたのを、「看護職員さんがKさんにドーナツを配った時から」と、大幅に前倒しする訴因変更を請求してきたようです。
*あまり詳しいことは分かりませんが、何度も議題を変えていいのなら、そもそも裁判の意味がなくなるのでは?
ところで、罰金20万円に違和感を感じませんでしたか?
罰金20万円ならたいした罪じゃない?
勘違いしやすい点として、まず「民事訴訟」と「刑事訴訟」は全く別物です。
民事訴訟では、お金の支払いは解決の手段になりますが、刑事訴訟は違います。
刑事訴訟の罰金は、被告人(今回の場合では、看護職員さん)が何らかの犯罪に当たることが認められた。つまり、罰金はあくまでも刑罰
となります。
どういうことかというと、有罪となれば前科が付くため「犯罪者」になる。=お金を払うことが前科の証拠となる。
*「罰金20万円」という金額ではなく、刑事訴訟で有罪になること自体がそもそも社会的に終わってしまう。
最後に
なぜか、一番近くにいた看護職員さん1人だけがやり玉に挙げられていますが、当時職員さんは3人いました。
1人は、排泄介助のため席を外していましたが、こういったことは日常茶飯時です。
ちなみに、亡くなったKさんの家族とは早い段階で示談が成立しています。
とにもかくにも、なぜ検察がこの看護職員さんを起訴したのか分かりませんでした。刑事訴訟は、被告人が犯罪行為を行ったかどうか(事件性があるかどうか)を判断するために行われます。
ただ、今回の刑事訴訟は真面目に特別養護老人ホームで働いていた看護職員さんが、在宅起訴され1審で有罪が確定してしまいました。つまり、業務を遂行した1職員が「犯罪者である疑いがある」として扱われていることになります。
とはいえ、2020年7月28日では二審判決で逆転無罪
となりました。最後は、最高裁で争われることになるでしょう。
それにしても、施設で働く職員を刑事訴訟するよりも施設の人員配置の拡充をする方が先だと思うのですが・・・
私自身、10年も高齢者の介護現場にいたので何人も看取っています。中には、介護中に窒息しかけた利用者さんもいらっしゃいました。
ですが、それを「業務上過失致死だ!」と言われることは「お前は人殺しだ!」と言われることと同じです。
短大卒や専門学校を卒業してまだ20代前半で、福祉業界に就職してくる若者達がたくさんいます。
高齢者の下の世話は当たり前として、手を上げたり・噛付いてくる高齢者。また、暴言を吐く高齢者や体を触ってくる高齢者などいろんなタイプの高齢者がいます。
その中で、介助全般をはじめターミナルケアも行いますが、その中でミスが1つでもあればそんな若い人材が容赦なく刑事裁判に持って行かれる可能性があります。
そもそも、人員がギリギリの環境で今回のように罪に問われるのであれば、実習生の研修や新人研修なんて恐くてできなくなるでしょう。
そんな前例をつくりかねない裁判です。しかも、すでに約7年の月日が流れています。
検察は、「有罪」にすればエリートコースを進めるのかもしれませんが、福祉業界は衰退の一途をたどるでしょう。
そして、最高裁でもしも有罪判決が出てしまった場合、その検察官が数十年後、危険を犯してまで「福祉業界」という基本的に安い賃金で働くのは誰なのでしょうか?
その検察官の「終の棲家」はどこになるのでしょうか?誰が働いてくれているのでしょうか?
*上告されないこととなり、上告期限の8/11に無罪が確定する見通しとなりました。ただ、ここまでくるまでに約7年間もかかっています。
今回の裁判についは、今後も福祉や医療業界への深刻な課題として影響が残るでしょう。
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