2020年5月11日の朝日新聞デジタルの記事で、中国で「医療用の高性能マスク(N95マスク)をしたまま1km走をしていた中学3年生が、突然倒れ亡くなった」という報道がありました。
原因は、深刻な低酸素状態を引き起こした可能性が挙げられています。
そもそも、高性能マスクは運動をするどころか、普段の生活をするだけでも息苦しくなります。
今回は、「高性能マスクと低酸素状態」についてご紹介します。
→医療用マスクについてはこちらの記事で紹介しています。
そもそも、「低酸素状態」ってなに?
「低酸素状態」というのは、血中の酸素濃度が低下していることを言います。
どういうことかというと、私達は呼吸をすることで体のすみずみの細胞に空気中の酸素を運び、いらなくなった二酸化炭素を体の外へ出していますよね。
この酸素濃度を数値化するためには、*酸素飽和度を調べる必要があります。
→酸素飽和度(SpO₂)というのは、「心臓から全身に運ばれる血液の中を流れている赤血球に含まれるヘモグロビンの何%に酸素が結合されているか?」について、皮膚を通して調べた値です。
酸素飽和度
パルスオキシメーターという機器を指に装着することで、酸素飽和度は簡単に測ることができます。
極端な話し、もし「100個の赤血球全部に酸素がついていれば、酸素飽和度は100%」ということになります。
- 97~99%:正常
- 93%以下:正常よりは体の中の酸素が少ない状態と判断。
- 90%以下:呼吸不全(呼吸困難)の状態。
本来なら、低酸素状態になる疾患として、例えば以前紹介したCOPD(慢性閉塞性肺疾患)などの「呼吸器疾患」や、不整脈などの「循環器疾患」といった病気が疑われることになります。
ちなみに、睡眠時無呼吸症候群も低酸素状態や無呼吸により高血圧や不整脈だけでなく、突然死の原因になる場合があります。
それでは、低酸素状態には具体的にどういった症状があるのでしょうか?
→COPDについては、こちらの記事で紹介しています。
低酸素状態の症状とは?
そもそも、高性能マスクをした状態で過ごすこと自体、とても息苦しくて続けることは難しいでしょう。
ましてや、若いとはいえ装着したまま激しい運動をすれば命に関わることになります。
それでは、逆に言えば「どうして命を落とすまで運動することができてしまった?」のでしょうか。
パイロットのための航空医学
「パイロットのための航空医学」では、低酸素症についてこのように紹介されています。
- そもそも、私達の体は低酸素状態の初期症状の確かな徴候を感知しない。
- 低酸素の症状を知るためには、特別な訓練が必要。
- 脳は、最初に低酸素の影響を受ける。
つまり、脳が最初に低酸素状態の影響を受けるために、「低酸素の状態に陥っている!」という判断力さえ鈍くなってしまい、低酸素状態が引き起こされることが指摘されています。
ただし、低酸素状態の症状は様々で例えば「調子がいい!」と本人は感じているにもか関わらず、実際は名前すら書けなくなっている場合まであるようです。
この原因は、一部の人では多幸感が出現することが分かっています。
つまり、現状の自身の体に引き起こされている状態が、判断力の低下により「気持ちの良い状態になっている」と錯覚していることが示唆されています。
→薬物を接種したような症状に、近いのかもしれません。
代表的な症状
- 呼吸数の増加
- 頭痛
- めまい
- チクチクする感じ
- 熱間
- 発汗
- 統合失調
- 判断力の低下
- 視野狭窄
- 多幸感
などがありますが、どういった症状がその人の低酸素状態の徴候なのかについて、パイロットの場合は「低圧訓練用チャンパー」を利用することで、低酸素状態を体験できる施設があり、航空自衛隊ではそういった訓練もされているようです。
*低酸素状態は、学習により獲得していく必要がある。
特にパイロットの場合は、低酸素状態の徴候に早期に気付かなければ即命に関わります。ちなみに、高度5,000ftは、喫煙者にとっては高度10,000ftにも相当するといわれ、喫煙の影響も示唆されています。
当然、以上は高度を飛ぶパイロットの場合ですので、少なくとも高度の影響を受けない、今回の件とは条件が違うことは述べておきます。
それでは、スポーツ時に高性能マスクを装着した場合はどうでしょうか?
そもそも、「低酸素トレーニング」というトレーニング方法がある!
先程は、「パイロット」という特殊な環境化での低酸素状態について触れましたが、低酸素状態が私達にどういった影響を与えるのか分かりやすい実例だったのではないでしょうか?
さて、そんな低酸素状態ですが実は、「体に負荷をかける!」ということで言えば、例えば登山家やマラソン選手などが、昔から「高地トレーニング」と呼ばれる標高の高い場所(酸素が薄い場所)でのトレーニングがなされてきました。
ただ、パイロットの事例でもそうですが、標高が上がるほど酸素だけではなく気圧も低くなってしまうため、体への締付け感がさらに強くなり、体への負荷も酸素だけが低い状態よりも強くなっしまいます。
そこで、最近では「低酸素トレーニング」という方法が行われるようになりました。
低酸素トレーニング
低酸素トレーニングは、脂肪燃焼効果が高まるということで、アスリートだけではなくダイエット目的の人達にも利用されているトレーニングです。
具体的には、通常の空気中に含まれる酸素は20.9%ですが、低酸素トレーニングの場合は15~17%の酸素濃度で行われています。
一般的に、平地で実施するトレーニングの3倍の効果があるとされ、短時間のトレーニングで大きな効果を得ることが指摘されています。
当然、トレーナーがいるため安全管理のもと実施されることになります。
逆に言えば、体調管理をやりながらしないと危険なことが見てとれます。このことは、高性能マスクの注意事項をみても知ることができます。
N95マスクの取扱い説明
例えば、山本光学株式会社が発売している「使い捨て式感染・微粒子対策マスク(N95)」では、このような注意事項があります。
- 酸素が19.5%以下の空気の中で使用しない。(通常の空気中に含まれる酸素は、20.9%)
- 本製品は酸素を供給しません。生命を維持するのに十分な酸素を含む、よく換気されたエリアでのみ使用して下さい。
- この製品は適切な使用と維持をしないと死亡の原因になります。
注目すべき点だけを抜粋しましたが、空気中の酸素よりも1.4%以上下回るだけで、命に関わることが示唆されています。
さらに、そもそもよく換気されている場所でのみ限定的に使用していいことが注意書きにあります。
付け加えるなら、「酸素を供給しない」わけですからこんな物を装着してスポーツをすれば、低酸素状態に陥ることは誰がみても明らかでしょう。
確かに、低酸素トレーニングという方法はありますが、実際は酸素濃度を管理しながら安全に行われています。
さらに言えば、そもそも、N95マスクが低酸素トレーニングに使用されているわけではありません。また、そもそもスポーツ用の「スポーツマスク」と呼ばれる製品があります。
ないとは思いますが、くれぐれもN95マスクのような高性能マスクを装着して運動しないようにご注意下さい。
まずは、用法を一読してから使うようにして下さいね。
最後に
それぞれの用途に応じたマスクを使用する必要性について、分かっていただけたのではないでしょうか?
ただ、まさかN95マスクを着用してスポーツをするとは誰も考えません。
また、普通に考えればそもそも装着した時点で息苦しいため、仮にそのまま走り出したとしても途中でマスクを外すことが予想されますよね。
ところが、走っていることで通常よりも低酸素状態に早い段階で陥り、気付いた時には手遅れの状態になってしまったのかもしれません。
ひょっとすれば、基礎疾患があった可能性もあります。正直なところ、報道だけでは詳しい死因までは分かりません。
ただし、少なくとも高性能マスクの間違った使い方であることは確かです。繰り返しになりますが、「N95マスク」は、「スポーツマスク」ではありません。
そして、N95マスクはそもそも病気や感染のリスクを軽減できたとしても、完全に除去する物ではありません。なにより、使い方を間違えると、「死亡の原因になる」とはっきり書かれています。
参考
SHOP AT ASICS.COM:低酸素トレーニングは何が良いのか? 研究で見えてきた新たな可能性
→https://www.asics.com/jp/ja-jp/blog/article/hypoxia-training
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